幸食のすゝめ#040、洒脱な舌には幸いが住む、銀座
「船が好きで、島が大好き、でも、釣りは嫌い。そんな父と一緒にいて、私は釣りと漁港が大好きになったんです」。
やがて、渡英して、バースの高校に入学。続く南カリフォルニア大では声楽科に入学、オペラを学びながらミュージカル女優を目指した。いくつものオーディションにパスしたが、喉を潰し、断念する。
そんな時、頭に浮かんだものは母の経営する旅館で慣れ親しんでいた板前の姿。
北山智映さんにとって、仕事の原風景は料理人だった。
釣りと魚、少女の時に愛したものに立ち返り、料理人という職人を目指す。最初は伝統的な懐石料理を学ぼうとしたが、今ひとつ心に沸き立つものがなかった。少しの手間や塩加減、自分の手のかけ方ひとつで様々な顔を見せてくれる魚たち。自分の舌を信じて、自分にしかできない方法で魚を極めよう。
オペラからミュージカル、料理人という航海を経て、彼女は生涯の舞台を見つけ出す。凪から追い風へ、2009年、銀座の交詢ビル近くで彼女による割烹が出帆する。
さぁ、そろそろ僕らもその海に漕ぎ出そう。外海のブルーを思わせる皿に盛られた海老は、スナップえんどうの殻で炊いただしとレモンのディップで目にも舌にも碧の余韻を残していく。
丁寧な包丁が入れられ、軽い焦げ目を付けられたアオリイカは、ウルイを叩いて卵黄と混ぜたソースがかかる。ほろ苦さと卵黄の甘さが輪舞のように味覚のロンドを繰り返す。
丸で2日、おろして2日。寝かせることで、圧倒的なうまみと新たな食感を生み出した江戸前のマコガレイは、梅干しを加えた煎り酒を合わせ、ハーブを載せる。この時期のマコガレイは若布を食べて育つので、あえて昆布〆はしない。魚を愛し、魚の習性を知り尽くした釣り人ならではの叡智だ。
続く毛蟹しんじょを飾るのは、ウチコのオレンジ。温度も、濃度も、味付けも、すべてがギリギリのエッジの上にある攻めの椀に、身も心も打ちのめされる。
しかし、お楽しみはまだまだこれからだ。
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